受験クラブ〜知りたい情報アレコレ解説〜

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睡眠不足は「記憶」の天敵⁉ どうすればいいの?

目次


概要

この記事では、睡眠不足がどのように記憶力を左右するかを、海外および日本の研究論文をもとに具体的なデータを交えながら解説します。脳にとって睡眠は記憶を定着させる重要なプロセスであり、これを軽視すると学習効率や仕事のパフォーマンスに大きな影響を与えることが分かっています。この記事を読むことで、睡眠不足の危険性やその改善のポイント、さらに日本における睡眠の現状が明らかになるでしょう。


 

私たちの脳は日々、新しい情報を取り込み、既存の知識と結びつけることで学習・記憶機能を高めています。しかし、学んだ情報が記憶として定着するためには、脳が十分な休息をとり、情報を整理・強化する時間が必要です。多くの研究は「睡眠不足は記憶力を大きく左右する」ことを示しており、十分な睡眠が確保できない状態では、学習効率や記憶の維持が大幅に低下することが分かっています。

特に、仕事や学業で成果を求められる現代人にとって、睡眠が果たす役割を知ることは大変重要です。この記事では、睡眠不足がどのように脳の記憶機能を阻害し、私たちの生活や生産性に影響を及ぼすのか、最新の研究データをもとに具体的に解説していきます。


 

脳が経験した情報を長期記憶として定着させるプロセスは、「記憶の固定(コンソリデーション)」と呼ばれています。多くの研究によって、以下のような事実が明らかにされています。

  1. 睡眠中の脳活動が記憶の再編成に寄与する
    学習によって新たに得た情報は、海馬(かいば)を中心とした脳領域で一時的に保持されます。その後、睡眠中に脳が活発に活動し、必要な情報を大脳皮質へと再配置して長期的に保持できるようにするのです。

  2. 深い眠り(徐波睡眠)が特に重要
    眠りの中でも、脳波がゆっくりとした周期を示す徐波睡眠(ノンレム睡眠の深い段階)のタイミングに、記憶の再編成やシナプスの強化が行われるとされます。

  3. レム睡眠で記憶を再生・整理
    一方、夢を見ることが多いレム睡眠の段階では、覚醒時の体験が再生され、記憶の要・不要が仕分けされると考えられています。

睡眠不足になると、これらのステージを十分に体験できず、脳内での記憶の再編成プロセスが妨げられるため、新しく学んだ内容の定着率が低下します。


 

1. 睡眠不足が新しい記憶形成を阻害する(Yoo et al., 2007)

Yooらの研究(2007年)は、「一晩の睡眠不足が新しい記憶を形成する能力を大幅に低下させる」ことを示しています。具体的には、被験者を徹夜群十分に睡眠をとった対照群に分け、新しい情報を記憶するタスクを行わせた結果、睡眠不足群では海馬(新しい記憶を形成する重要な部位)の活動が対照群に比べて約40%も低下していたことが明らかにされました。

「一晩の睡眠不足だけで、脳が新しい情報を効果的に記憶に変換できる能力が著しく損なわれる可能性がある」と結論づけられています。
出典:https://www.nature.com/articles/nn1851

2. 睡眠と記憶の関係(Diekelmann & Born, 2010)

Diekelmann & Born(2010年)は、総説論文の中で睡眠には学習直後の記憶を安定化し、長期的に保持させる機能があることを強調しています。多くの実験的エビデンスをメタ解析的に整理した結果、「学習後に十分な睡眠をとった被験者は、学習直後よりも20~40%程度高いパフォーマンスを示す場合がある」という報告も紹介されています。これは、睡眠が単に疲労回復だけでなく、「記憶の強化」に直結する要素であることを示唆しています。
出典:https://www.nature.com/articles/nrn2762

3. 睡眠依存性の学習と記憶の統合(Walker & Stickgold, 2004)

Walker & Stickgold(2004年)による研究レビューでは、「睡眠中に脳が覚醒時の体験を再生し、それを基にシナプス可塑性が促進される」ことが示唆されています。例えば、学習課題を終えた後に昼寝や夜間睡眠を挟んだグループと、そうでないグループの成績を比較すると、睡眠を挟んだグループの方が10~30%程度成績が向上するケースが多いと報告されています。
出典:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0896627304005315


 

日本では、OECDの統計などからも先進国の中でも特に睡眠時間が短いと指摘されています。厚生労働省が公表した「令和3年 国民健康・栄養調査報告」では、成人男性の約20%、成人女性の約10%が平日の睡眠時間が6時間未満と回答しています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000911821.pdf

さらに、同調査では、「睡眠時間が足りていない」「疲れが十分に取れていない」と感じる人の割合も高く、慢性的な睡眠不足の自覚が広がっていることがうかがえます。

このような寝不足の状況が続くと、記憶形成や学習効率だけでなく、仕事や生活の質全般が低下する可能性が高いと考えられます。試験勉強や業務プロジェクトなど、集中力を要する場面でのパフォーマンス低下はもちろん、事故やミスのリスク増大など、安全面への悪影響も懸念されます。


 

1. 一貫した睡眠スケジュールを保つ

毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きる習慣をつけると体内時計が安定し、質の良い睡眠を得やすくなります。週末に「寝だめ」をすると、かえってリズムが崩れてしまう可能性があるため、起床時間を大きくずらさないことが大切です。

2. 就寝前の行動を工夫する

  • ブルーライトの回避: スマートフォンやパソコン、タブレットなどの電子機器が放つブルーライトは、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を抑制します。就寝1~2時間前にはなるべく避けるようにしましょう。
  • リラックスできる環境づくり: 入浴やストレッチなどを行い、副交感神経を優位にして心身を落ち着かせるとスムーズな入眠につながります。

3. カフェインやアルコールの摂取を控える

カフェインは摂取後、5~6時間ほど覚醒作用が持続するとされており、夕方以降に摂ると睡眠の質を妨げることがあります。また、アルコールには一見催眠作用がありますが、代謝過程で逆に睡眠を浅くする作用があるため注意が必要です。

4. 昼寝を上手に活用する

短時間(15~20分)の昼寝は、疲労回復や作業効率の向上に有効とされています。ただし、30分以上の長い昼寝をすると深い睡眠に入りやすく、かえって夜間の睡眠に支障をきたす場合もあるため、「短い昼寝」を心がけることが大切です。

5. 適度な運動習慣を取り入れる

ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動は、睡眠の質向上に寄与することが多くの研究で示されています。ただし、就寝前の激しい運動は覚醒を促してしまうため、寝る2~3時間前には運動を終えるようにしましょう。


 

睡眠と記憶の関係について、複数の研究から分かっていることを振り返ると、「睡眠不足は新しい記憶の定着と既存の記憶の保持を妨げる大きな要因になる」という結論に至ります。とりわけ、学習や仕事の成果を上げるうえで重要な海馬の機能が睡眠不足によって大きく損なわれることが示唆されています。

日本では依然として慢性的な睡眠不足が問題視されており、睡眠の質を高める取り組みが急務といえるでしょう。「忙しいから眠れない」という状況は、結果的に学習効率や生産性を落とし、さらには健康面にも悪影響を及ぼすリスクがあります。

しかし、睡眠スケジュールの固定や就寝前の生活習慣の見直しなど、小さな工夫を積み重ねることで、睡眠時間と質を改善する余地は十分にあります。記憶力だけでなく、気分の安定や免疫力の維持といった面からも、睡眠の確保は極めて重要な投資です。忙しい日々の中でも、自分の健康とパフォーマンスを高めるため、ぜひ毎日の睡眠を見直してみてください。


 

  1. Yoo, S. S., Hu, P. T., Gujar, N., Jolesz, F. A., & Walker, M. P. (2007). A deficit in the ability to form new human memories without sleep. Nature Neuroscience, 10(3), 385–392.
    https://www.nature.com/articles/nn1851

  2. Diekelmann, S., & Born, J. (2010). The memory function of sleep. Nature Reviews Neuroscience, 11(2), 114–126.
    https://www.nature.com/articles/nrn2762

  3. Walker, M. P., & Stickgold, R. (2004). Sleep-dependent learning and memory consolidation. Neuron, 44(1), 121–133.
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0896627304005315

  4. 厚生労働省 (2022). 令和3年 国民健康・栄養調査報告.
    https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000911821.pdf


本記事は、睡眠不足がいかに記憶力を衰えさせるかを中心に、海外および日本の研究データを取り上げました。「勉強や仕事の能率が上がらない」と感じている方は、まずは睡眠を十分に確保し、脳が必要とする記憶の整理と再構築の時間をしっかりと与えてみてください。それが結果的に、学習や業務パフォーマンスを最大化する近道となるでしょう。